国語教諭のための入門(センター試験バージョン)

2001年1月初稿メールはこのアドレスへお願いします
2002年8月28日加筆

 新聞にセンター試験の問題が載っていたので,作成してみることにした。数学の問題は多くの人が手がけているので,天の邪鬼な私は国語を選ぶことにする。ついでにマークシート・フォントも作成してみた。これを扱える国語教諭は,全国でも数える程しかいないのではなかろうか?。ガッツのある国語教諭のチャレンジをお待ち申し上げています。

 以下に出力結果とソースを載せておきます。

 出力結果(Adobe Reader版) たぶんあなたのパソコンでも見られるはず…。

center2001.tex -platex.exe→ center2001.dvi -dvipsk.exe→ center2001.ps -Distiller → center2001.pdf

center2001.pdf(129K bytes)


 出力結果(画像版)


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 帰ってきた国語教諭のためのTeX入門

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 ソース

% center2001.tex
%
%  作成者: gbb60166@gmail.com
%
%  2001年1月21日実施、センター試験国語I・II
%
\documentclass[a4j]{tarticle}
\usepackage{tkokugo,furikana,tsayusen,anaume,shiika,sfkanbun,plext}
%
% 上記スタイルファイルは次の URL から入手出来ます。(plext を除く)
% http://homepage3.nifty.com/xymtex/fujitas2/texlatex/index.html#tategumi
%
%*************************************************************************
% 文字鏡フォントを使う場合は、下記を使用のこと。
%
%\usepackage{tkokugo,furikana,tsayusen,anaume,shiika,sfkanbun,plext,mojikyo}
%
% ■ パソコン悠悠漢字術2001 今昔文字鏡徹底活用
%   文字鏡研究会[編]、紀伊國屋書店、2300円+税、ISBN4-314-10142-3
%  (九万字もの漢字が使えます。漢文・古典関係者必見 )
%
%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%
% 本当は「卿」の左側と「喞」の真ん中・右側を足し算した漢字
%                                  ↓
% 文字鏡フォントが使えないときは「卿」を選択し,文字鏡フォントが使える
% ときは\TMO{002880}を選択する。
%
\makeatletter% ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
\@ifundefined{TMO}{\def\きやう{卿}}{\def\きやう{\TMO{002880}}}

\def\@マークシート#1{\ifcase#1\or \rensuji{\marksheet 1}%
\or \rensuji{\marksheet 2}\or \rensuji{\marksheet 3}%
\or \rensuji{\marksheet 4}\or \rensuji{\marksheet 5}%
\or \rensuji{\marksheet 6}\or \rensuji{\marksheet 7}%
\or \rensuji{\marksheet 8}\or \rensuji{\marksheet 9}%
\else\@ctrerr\fi\relax}
\def\マークシート#1{\@マークシート{\@nameuse{c@#1}}}

% ■ 傍線の太さを太くするため,\sayubosen の定義を変更
% \@height1.2\p@ の 1.2 を変更すると太さを調整できます。
%
\def\@sayubosen#1#2{%
 \ifydir\underline{#1}%
 \else
  \if@rotsw\underline{#1}%
  \else
   \def\aaa{#2}\def\bbb{l}%
   \ifx\aaa\bbb\relax \let\lowerorraise=\lower
   \else \let\lowerorraise=\raise\fi
   \setbox\z@\hbox{#1}%
    \leavevmode\lowerorraise%
    \bousensepstretch\bousensep%
    \hbox to\z@{\vrule\@width\wd\z@ \@depth\z@ \@height1.2\p@\hss}%
    \box\z@
  \fi
\fi}

%
% ■ 波線の定義 by gbb60166@gmail.com
% ここまで来れば,意地です…。ただし,このソースファイルに
% 合わせているだけなので,変更を加えると体裁が崩れるかも…。m(__)m
%
% 何とか組版出来てはいますが,満足できません。エキスパートな方の
% ご指導をお願いします。m(__)m
%
\def\namisenchar{\mrksht*}

\def\namisenfill{$\m@th \setbox\z@\hbox{\namisenchar}%
  \leaders\hbox to9.8pt{\hss\rensuji{\namisenchar}\hss}\hfill$}

\newdimen\namisensep
\namisensep=1.2zw% 波線と本文の間の間隔のデフォルト
\def\namisen#1{
  \setbox0=\hbox{#1}%
  \ifydir\underline{#1}% 横組み・回転モードの場合は対応出来ていません。m(__)m
  \else\if@rotsw\underline{#1}\else%
    \setbox\z@\hbox{#1}\leavevmode\raise\namisensep%
    \hbox to\z@{\hbox to\wd0{\namisenfill}}%
    \box\z@%
  \fi\fi}

% ■ \toiref を参考にして \toirefsp を定義
%
\def\toirefsp{\@ifnextchar[%]
{\@toirefsp}{\@toirefsp[1]}}

\def\@toirefsp[#1]#2{%
\ifcase#1\relax
{%
\gt
\let\marumeirei=\rensuji
\expandafter\setumon@setref\csname r@#2\endcsname\@firstoftwo{#2}%
\mc{}「\@nameuse{#2}」}%
\or
{%
\let\marusujifonti=\scriptsize
\let\marusujifontii=\normalsize
\let\marumeirei=\marukakomi
\expandafter\setumon@setref\csname r@#2\endcsname\@firstoftwo{#2}%
\mc{}「\@nameuse{#2}」}%
\or
{%
\let\marumeirei=\isujikakko
\expandafter\setumon@setref\csname r@#2\endcsname\@firstoftwo{#2}%
\mc{}「\@nameuse{#2}」}%
\or
{%
\let\marumeirei=\iisujikakko
\expandafter\setumon@setref\csname r@#2\endcsname\@firstoftwo{#2}%
\mc{}「\@nameuse{#2}」}%
\fi
}

\makeatother% +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
%
%===================================================================
% gbb60166@gmail.com が作成したフォントの読み込み
%
\font\marksheet=msheet
\font\mrksht=msheet2
%===================================================================
%
% 幾つかのコマンドの定義と再定義

\def\bousensepstretch{1.2}

\renewcommand{\labelenumi}{\マークシート{enumi}}

\def\theenumi{\アイウ{enumi}}

\def\Aiubou#1#2{\hspace*{3pt}\raisebox{-5pt}{%
\Aiutoi[3]\label{#1}}\hspace*{3pt}\sayubosen{#2}}

\def\sujibou#1#2{%
\sujitoi\label{#1}\sayubosen{#2}}

% ■ 設問中で本文を引用するために,傍線を引くのと同時に
%   本文の短縮形を自動的に定義する。
%
\def\Alphbou#1#2{\hspace*{3pt}\raisebox{-2pt}{%
\Eijitoi[0]\label{#1}}\hspace*{3pt}\sayubosen{#2}%
\expandafter\def\csname #1\endcsname{#2}}

\def\alphbou#1#2{\hspace*{4pt}\raisebox{-1pt}{%
\eijitoi[1]\label{#1}}\hspace*{-3pt}\namisen{#2}%
\expandafter\def\csname #1\endcsname{#2}}

\def\最も適当#1{最も適当なものを、%
次の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet#1}の%
うちから一つ選べ。}

\fboxrule=1.5pt

\def\sikaku#1{\ \fbox{%
\rule[-6pt]{0pt}{12pt}\hskip3pt\rensuji{\mrksht#1}\hskip3pt}\ }

\def\unilab{\ \raisebox{-4pt}{%
\fbox{\rule[8pt]{0pt}{0pt}\hskip3zw}}\ }

\def\後問配点#1#2{後の問い({\bf 問\rensuji{\mrksht1}~
\rensuji{\mrksht#1}})に答えよ。(配点 \rensuji{#2})}

\def\itemtoi#1{\item[問\rensuji{\mrksht{#1}}]}

\begin{document}

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 一 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

\noindent
\hskip-1.8zw{\LARGE\bf 第\rensuji{\bf\sf 1}問} 次の文章を読んで、
\後問配点{6}{50}

\bigskip

\kana{チェ}{(注1)}ーザレ・パヴェーゼの日記には
「何月何日のところに……ということを追加」あるいは「何月何日に書いた
ことからは……という結論になる」といった記述がしばしば登場してくる。
しかも追加される内容は、当日は記さずにあとになって思い出した出来事
ではなく、きわめて抽象的な思念である。ただひたすら自分の日記に
読みふけっている作者の孤独な姿がありありと浮かんでくるようだ。
日記(いちいち断るのはわずらわしいので、ただ日記とだけしておくけれども、
\kana{journal}{(注\hskip0pt2)}intime %■ \hskip0pt が無いと、離れすぎる
正しくは個人がその内面を書き記した日記)をつけること自体、
あるいはそれを公刊さえすることを、近代精神の《病》と呼んだ
\kana{ポー}{(注3)}ル・ブルジュであれば、病はここで極頂に
まで達したと評したかもしれない。
だが、いかに病気と呼ばれようとも、ある種の人びとにとって、
日記はただ毎日つけるだけでは十分ではない。それを繰り返し読み、
かつ意見を追加してゆかなければいけないのだ。再読と記述の追加
とは、日記を書くという行為の何か本質的な部分につながっている。

というのも、ここでは日記を一つの保存装置、とりわけ《自己》を
保存する容器と考えたいのだが、何であれ、また何のためであれ、
保存するということは、その保存したものを将来いつか取り出して
くるのを前提としているはずだからである。今日つくったジャム
をいつかは食べるなどとはまったく考えもしないで、瓶に密封する
ひとがいるだろうか。もっとも、時がたつにつれて、保存したこと
そのものを忘れてしまう場合はあるけれども---われわれの多くの日記の
つけ方はこれにあてはまるだろう。しかしパヴェーゼは、けっして
忘れることなく、ときどき瓶のふたを開いてはジャムを少しずつ
なめるような具合に、自分の日記を読みかえし、そのうえ新たな味つけまで
しているのだ。
つまり\Alphbou{保存という}{保存という作業の基本を忠実に守っている}
わけである。

だがそれにしても、保存するものがジャムであるのと自己であるのとでは、
保存の姿勢がずいぶんと変わってくる。ジャムの保存は、密封した
瓶をあけて内容物を消費しつくした時点でその目的は達成され完結する。
他方で日記の再読にあっては、保存の対象はある種のかたちで消費されるとは
いえ、しかし減少することはけっしてなく、逆に、記述の追加を通して
たえず自己増殖をつづけてゆくだろう。このちがいは小さくない。
保存したものが自己増殖するという点で、日記を書くということは、
むしろ蓄財やあるいは切手、昆虫などの収集に似ているかもしれない。
日記に記された内面と同様に、資本もまた自己増殖を
つづける---少なくとも最初からそれが消滅することは
願われていない---のであり、しかもそのことを確認するために、
資本家はたえず帳簿に目を通さなくてはならない。切手の収集家も
また、\kana{日}{ひ}\kana{毎}{ごと}ふえてゆく収集品を
前にしてほくそえみ、
逆に、せっかく集めたものがたった一つでもなくなればひどく嘆き悲しむ
であろう。

古代以来の日記文学の伝統のあるわが国は\kana{措}{お}くとして、
ヨーロッパにおいては、日記の発達は商人のつける会計簿に一つの起源が
あるようだ。言いかえれば、自己の内面を日記に\kana{綴}{つづ}ると
いうことは、自己を一種の財と見なして蓄積することであり、
それは一方で資本主義、他方で個人主義という、ともに近代ヨーロッパの
コン\Aiubou{コンカン}{カン}をなすとも言うべき考え方の成長をまって
はじめて現実のものとなった。収集がただの趣味以上のものとして
広く行われるようになるのも、
おそらくは\kana{ブ}{(注4)}ルジョワ社会においてのことで
あって、\Alphbou{ここでも同}{ここでも同じ原理が作動している}
はずである。
ただし、財の蓄積、保存とは言っても、収集や蓄財の場合に対象となるのは
いつでも他の財と交換が可能な財であり
(たとえば\kana{貯}{た}めたお金で
家を\Aiubou{コウニュウ}{コウ}ニュウする)、したがってこの保存はまだ
目的のための手段という性格を多少とも残しているのにたいして、日記に記される
自己の他のものに変わりうる余地はほとんどない。それゆえにこそ、
日記においては手段の自己目的化が蓄財や収集にもましていっそう激しく
進行するのだが。

資本家の帳簿とほとんど等価な自己の記録、つまり何ごとかのための手段として
記される日記は、しかし、たしかに存在している。いやそうした日記のほうが
むしろ多数であるのかもしれない。明日のより多くの収入を念じながら今夜の
うちに会計簿の記帳を怠らない商人と同じ姿勢で、よりよい自己の実現、
向上をめざして、とりわけ反省に多くの部分をさいて綴られる日記である。
「菓子を食ひすぎたり、菓子は\kana{之}{これ}より断然廃すべし」と
明治三〇年に記したのは
\kana{西田}{(注5)}幾多郎であるが、殖産興業の理念が
支配するこの時代に即応して発行された
\kana{博文}{(注6)}館の常用
日記のなかに同様の反省を書きつけたひとは、西田以外にも少なくはなかった
だろう。ここでは明らかに、自己の内面を記録することは、克己、向上という
目的に従属した手段にとどまっている。これにくらべるならば、先のパヴェーゼ
の日記、また「日記は私の社交界、私の仲間」であると
記す\kana{アミ}{(注7)}エルの日記は、外部への道を閉ざされ、
自己の向上をめざすかわりに、ひたすら自己への沈潜・\kana{耽溺}{たんでき}に
終始している点で対照的な性格の日記である。

おそらくは、堅実な(つまり一定の目標をもった)資本家がやがて金をためること
だけが目的の守銭奴に\Aiubou{ダ}{ダ}し、また博物学的興味から何かの収集を
はじめたはずの収集家がいつのまにか集めることそれ自体に情熱を傾けるにいたる
のと同じ過程でもって、向上のための自己の記録が、自己というものに執着し
沈潜する日記に転じたのだった。この自己目的化あるいは自己疎外は、やはり
逸脱、トク\Aiubou{トクサク}{サク}そして結局のところ病としか呼びえない
ものだろうか。そうではあるにせよ、しかし注目しなければならないのは、
\Alphbou{こうした逸}{こうした逸脱が実は近代社会に
内在する性格の縮図にも==なっている}%■手動調整
\def\こうした逸{こうした逸脱が実は近代社会に内在する
性格の縮図にもなっている}
という点である。
たとえば美術館、博物館または古文書館など、
その制度化と公開が近代以前の社会では考えられなかったのを思い出すならば、
われわれの社会においては、個人のレヴェルで収集癖や
日記の習慣が定着するとともに、
全体としても、単純な消費の対象とはならない知識や財を記録し保存し、要するに
永遠化することに多大のエネルギーが投じられているのがわかる。自己の記録
に拘泥する日記の向こう側に透けて見えてくるのは、
近代以降の社会に生きるわれわれに
宿命的な\kana{フェ}{(注8)}ティシズムにほかならない。

日記が保存する対象は、瓶詰のジャムとは、またお金や収集品とさえ異なる、
きわめて特殊な財であり、それゆえに日記は、あらゆる保存装置のうちでもっとも
完全なあるいは忠実な、ということはもっとも不幸な装置になってしまった。
こうした出口のない迷路のような日記は、しかし、保存という行為の本質を何にも
まして純粋に守り、いかなる現実の目的にも拘束されないだけに、逆にある種の
自由ないし解放を作者にもたらしもするとは言えないだろうか。日記の機能を
極度に追求した日記は、自己にとって\kana{牢獄}{ろうごく}であるとともに、
想像力がはばたきはじめる場所でもあるのだ。自己目的化ということでは
共通している蓄財や収集癖も、\Aiubou{イゼン}{イ}ゼンとして事物とのつながり
を残している点で、日記の純粋さには及ばない。同じく毎日綴られながらも、
備忘録や反省の記録にあっては、記憶は個々の現実のなかで消費し尽くされて
姿を消してしまう。これにたいして、たえず自己にまつわる記憶を喚起し、それを
想像力に結びつけて、存在の感覚を確認すること---これこそが、パヴェーゼの
ような日記作家の、自分の日記を再読し新たな記述を追加するさいの、
\Alphbou{一見したと}{一見したところ苦渋にみちてはいるが、それでも他の
何ものにも換えがたい楽しみであったにちがいない}。

\bigskip
\mbox{}

\jsigned{(富永茂樹『都市の\kana{憂鬱}{ゆううつ}』による)}

\bigskip

\begin{tabular}{ll}
(注) & \rensuji{1} チェーザレ・パヴェーゼ --- イタリアの詩人
(\kanji1908~\kanji1950)。\\
& \rensuji{2} journal intime --- フランス語。ここでは「内面の日記」の意味。\\
& \rensuji{3} ポール・ブルジェ --- フランスの作家、批評家
(\kanji1852~\kanji1935)。\\
& \rensuji{4} ブルジョワ --- ここでは近代ヨーロッパの有産者。\\
& \rensuji{5} 西田幾多郎 --- 哲学者(\kanji1870~\kanji1945)。\\
& \rensuji{6} 博文館の常用日記 --- 出版社の博文館が明治期から発売している
日記帳。\\
& \rensuji{7} アミエル --- スイスの哲学者、
文学者(\kanji1821~\kanji1881)。\\
& \rensuji{8} フェティシズム --- 特定の事物を極端に愛する性向。
\end{tabular}

\bigskip

\begin{description}
% ====================== 問一 ==========================
\itemtoi{1} 傍線部\toiref[3]{コンカン}~\toiref[3]{イゼン}の
漢字と同じ漢字を含むものを、
次の各群の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet5}の
うちから、それぞれ一つずつ選べ。
解答番号は\sikaku{1}~\sikaku{5}。

\bigskip

% 横向きの{ を出すための,酷いいかさま。m(__)m
%
\begin{tabular}{ll}
& \\
& \\
\rensuji{(ア)} & コン\sayubosen{カン} \\
& \sikaku{1} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 箱根の\sayubosen{セキ}を越える \\
\rensuji{\marksheet 2} 太い\sayubosen{ミキ}を切る \\
\rensuji{\marksheet 3} \sayubosen{キモ}に銘ずる \\
\rensuji{\marksheet 4} 入会を\sayubosen{スス}める \\
\rensuji{\marksheet 5} 水が\sayubosen{クダ}を通る \\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}
\hskip2zw
\begin{tabular}{ll}
& \\
& \\
\rensuji{(イ)} & \sayubosen{コウ}ニュウ\\
& \sikaku{2} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{10zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} \sayubosen{コウ}キ粛正を徹底する\\
\rensuji{\marksheet 2} \sayubosen{コウ}セツを問わない\\
\rensuji{\marksheet 3} 山が\sayubosen{コウ}ヨウする\\
\rensuji{\marksheet 4} 新聞を\sayubosen{コウ}ドクする\\
\rensuji{\marksheet 5} 日本カイ\sayubosen{コウ}を調べる\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

% 横向きの{ を出すための,酷いいかさま。m(__)m
%
\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(ウ)} & \sayubosen{ダ}し\\
& \sikaku{3} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} \sayubosen{ダ}ミンをむさぼる\\
\rensuji{\marksheet 2} 努力はム\sayubosen{ダ}にならない\\
\rensuji{\marksheet 3} 川が\sayubosen{ダ}コウする\\
\rensuji{\marksheet 4} \sayubosen{ダ}ラクした空気\\
\rensuji{\marksheet 5} \sayubosen{ダ}ケツ案を提示する\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}
\hskip2zw
\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(エ)} & トク\sayubosen{サク}\\
& \sikaku{4} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{10zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 夢と現実がコウ\sayubosen{サク}する\\
\rensuji{\marksheet 2} 陰でカク\sayubosen{サク}する \\
\rensuji{\marksheet 3} 文章をテン\sayubosen{サク}する\\
\rensuji{\marksheet 4} 辞書の\sayubosen{サク}イン \\
\rensuji{\marksheet 5} 空気をアッ\sayubosen{サク}する \\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

% 横向きの{ を出すための,酷いいかさま。m(__)m
%
\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(オ)} & \sayubosen{イ}ゼン\\
& \sikaku{5} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} \sayubosen{イ}リョクを発揮する \\
\rensuji{\marksheet 2} アン\sayubosen{イ}な考え \\
\rensuji{\marksheet 3} 現状を\sayubosen{イ}ジする \\
\rensuji{\marksheet 4} 法律に\sayubosen{イ}キョする \\
\rensuji{\marksheet 5} 事のケイ\sayubosen{イ}を説明する \\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

% ====================== 問二 ==========================
\itemtoi{2} 傍線部\toirefsp[0]{保存という}とあるが、
それはどういうことか。\最も適当{5} 解答番号は\sikaku{\mrksht6}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 保存において重要なのは、
現状をそのまま残すことだが、日記を後世に残すために種々の
工夫をこらすパヴェーゼの行為は、現在のあるがまま
の事実を忠実に将来に伝えようとする営みであるということ。
\item 保存物が腐らないような密閉性
の高さこそが保存の要点であるが、日記を一人の読者として点検
するパヴェーゼの行為には、自己の内面を純粋に密封しようと
する姿勢が見られるということ。
\item 保存のためには、人工的に
手を加えることが必要であるが、その日の日記を記すだけでは
なく、後から日記に記述を追加するパヴェーゼの行為は、
保存に必要な加工にあたるということ。
\item 保存をするのは保存物を
何らかの形で用いるためであるが、自分で自分の日記を読み、
場合によっては記述を追加するパヴェーゼの行為は、
保存物の使用という点で保存の目的にかなっているということ。
\item 財産の保存は、その財が
自己増殖していく点に特徴があるが、その日の日記を書くだけ
でなく、後から記述を追加していくパヴェーゼの行為は、
自己をしだいに増殖させていくような行為になっているということ。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問三 ==========================
\itemtoi{3}傍線部\toirefsp[0]{ここでも同}とあるが、
何について、どのような「原理」が「作動」
していると考えられるか。\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{7}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 近代ヨーロッパにおいては蓄財の精神が働いているのと同じように、
ブルジョワ社会においても、財の蓄積を尊ぶ資本主義の原理が働いていると
いうこと。
\item 自己の内面を日記に綴る営みの背景に資本主義と個人主義の成長という
原理が見られるように、趣味の域を超えた収集活動の広がりにもそのような
背景があるということ。
\item 収集はただの趣味以上のものであるが、収集活動と趣味活動の双方に、
ブルジョワ社会を支える資本主義と個人主義の原理が働いているということ。
\item 資本主義と個人主義という二つの原理が近代ヨーロッパの基本的な
精神を形成したように、その二つの原理が同じようにブルジョワ社会を形成した
ということ。
\item 日記の発達の起源に財の蓄積という商業活動の原理があったように、
収集活動が趣味以上のものとなっていくのも商業活動のためであるということ。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問四 ==========================
\itemtoi{4}傍線部\toirefsp[0]{こうした逸}とあるが、
それはどういうことか。その説明として\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{8}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 日記が、自己の向上のための記録から、自己目的化した日記へと転じた
ことと、近代社会において美術館や博物館など事物の収集それ自体に多大な
エネルギーを傾ける設備が成立したこととは、同じ精神にもとづいている
ということ。
\item 近代社会において、個人のレヴェルでの収集や自己の記録である
日記が定着し、趣味以上のものとして普及したのと同様に、美術館や博物館
・古文書館が制度化され、収集されたものが広く一般に公開されるように
なったということ。
\item 一定の目標を定めて金銭を蓄積していた資本家が、金を貯めることだけが
目的の守銭奴と化したように、日記を書くことで日々の反省をしていた日記の
書き手も、自己の向上それ自体に深くこだわるようになったということ。
\item 近代の資本主義社会で、個人が消費の対象にならない知識や財を記録
・蓄積し、保存するようになったのは、美術館や博物館・古文書館の制度化や
整備による影響から生じたことで、両者には共通の価値観が見られると
いうこと。
\item 自己の記録に拘泥する日記が、個人主義に根ざした病を反映する一方で
自己の蓄積と再生を目的とするように、近代以前の社会では考えられなかった
美術館や博物館などの公開も、知識の保存と更新を目指しているということ。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問五 ==========================
\itemtoi{5}傍線部\toirefsp[0]{一見したと}とあるが、
ここからうかがわれる筆者の日記に対する考え方に
合致するものを、次の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet5}の
うちから一つ選べ。
解答番号は\sikaku{9}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 保存という行為の本質を純粋に追求した日記は、出口のない迷路である
とともに、再読や新たな記述の追加によって想像力が解放される場所でもある。
\item 日記を記述することは、逆に記憶を希薄にするという作用を持つが、
日記を読むことを通して、記憶を喚起し、それを想像力に
結びつけて、存在感を味わうことができる。
\item 日記の機能を極度に追求したために、外部への道を閉ざされたような
日記は、自己への沈潜・耽溺に終始する一方で、自己を完全に保存してくれる
ものとなる。
\item 日記は、蓄財や収集の場合と違い、保存した自己を他のものと交換する
ことはできないが、それだけに自己を不変のものとして保存するという楽しみが
ある。
\item 個人が内面を書き記した日記は、自己目的化や自己疎外を通して近代
精神の病をもたらすが、一方において、知識や財を記録し、永遠化する楽しみがある。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問六 ==========================
\itemtoi{6}本文における筆者の主張に合致するものを、
次の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet5}のうちから二つ選べ。
ただし、解答の順序は問わない。
解答番号は\sikaku{10}・\sikaku{11}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 日記という保存装置に保存された自己も、消費されうる点で、瓶に保存された
ジャムと同じだが、その消費のあり方はジャムと大きく違っている。
日記に保存された自己の場合、収集された切手や昆虫と同じく、消費されることが
最初から期待されていない。
\item 日記を書くという行為の本質的な部分にあるのは、日記を書く人物の
孤独であるため、自己を増殖させたいという願望が生まれる。その自己増殖
の結果、日記を書く行為は近代社会を生きる人間の孤独をいやし、孤独の迷路
からの解放をもたらす。
\item 日記に記述を追加するパヴェーゼの行為は、完成しない自己の像を
完成させようとする果てしない試みである。その自己の像への執着は近代精神の
病の徴候であるが、そこには過去を再構成するばかりでなく、想像力の領域でも
存在の感覚を確認しようとする志向が潜んでいる。
\item 日記の書き手は世界にただ一人の個人であるという条件があるため、
日記の中の自己は貨幣や収集品と違って、いくら自己増殖しても他のものと交換
できない。個人のそのかけがえのなさゆえに、日記においては、自己の反省や
克己心・向上心が記され、よりよい自己の実現に向けて努力が語られる。
\item 反省の記録としての日記は自己の向上という功利的な目的がある点で、
商人のつける会計簿と類似する。しかし、世俗的な向上を目指す自己中心的な
功利性ゆえに、社会的、道徳的に外部への道が閉ざされることになり、
自己に沈潜する自己目的化した日記へと転じることにもなる。
\item 書くこと自体が目的化した日記は、たとえ具体的に自己の出来事が書かれて
いなくても、自己増殖的な性格が強く、近代以降の美術館や博物館などと共通の
構造を備えている。ただし、日記の場合、保存の対象が抽象的な自己の思念に
なる分だけ、自己目的化が純粋になる傾向がある。
\end{enumerate}

\end{description}

\bigskip

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 二 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

\setcounter{Aiutoi}{0}   % カウンターのリセット
\setcounter{sujitoi}{0}
\setcounter{eijitoi}{0}
\setcounter{Eijitoi}{0}

\noindent
\hskip-1.8zw{\LARGE\bf 第\rensuji{\bf\sf 2}問} 次の文章は、津島佑子の小説
「水辺」の末尾である。「私」は夫と別居し、娘との二人暮らしの日々がしばらく
続いた。二人の住まいは四階建ての一番上の部屋で、その部屋の中を通らないと
屋上に出られない構造になっている。ある夜、「私」は壁の向こうに水の音が
聞こえるように思ったが、そのまま寝入ってしまった。翌朝、階下の人から
水漏れがするという苦情が持ち込まれる。本文はそれに続く部分である。
これを読んで、\後問配点{6}{50}

\bigskip

--- すみません、そこは遠慮して下さいませんか。それより、屋上を見て
みましょう。けさ、屋上は調べなかったんです。

私はあわてて、二人の男を部屋のなかの階段に導いた。敷き放しの乱れた
\kana{蒲団}{ふとん}など見られたら、と思うだけで、体がこわばった。

\kana{風呂}{ふろ}場は異常なかった。屋上に出るドアを開け、私が
\kana{真先}{まっさき}に外へ出た。\kana{眼}{め}に異様なものが映った。
私は、思わず、\Aiubou{声を洩らし}{声を{\furikanaaki=2pt\kana{洩}{も}}らした}。
乾ききっているはずの屋上に、水がきらきら光りながら波立っていた。
透明な水が豊かに\kana{拡}{ひろ}がっていた。

--- ウミ!ママ、ウミだよ。わあ、すごいな!おおきいなあ!

娘は\kana{裸足}{はだし}のまま、水のなかに跳びこんで行った。一人で
笑い声を響かせながら、水を\kana{蹴}{け}散らし、両手で水をすくいあげたり、
顔に水をつけてみたりしはじめた。娘の足だと、水はくるぶしまで\kana{呑}{の}み
こんでしまっていた。

私と二人の男は水の流れを\kana{辿}{たど}りながら、給水塔の前に行った。
水が、そこから、勢いよく\kana{溢}{あふ}れ出ていた。見とれてしまうほど
の、水量だった。

--- ここから、あっちの方へ流れて、排水口で間に合わない分が、下に洩れていた
んですな。どこかに、小さな\kana{罅}{ひび}でも出来ているんでしょう。
それにしても……これは大した眺めだ。

三階の男も、\Aiubou{気を呑まれ}{気を呑まれて}しまったのか、すっかり
穏やかな表情に戻っていた。

--- まったく、これじゃ、あの程度で下が助かったのを、ありがたく
思わなければなりませんなあ。

--- ほら、お子さんをすっかり喜ばせてしまった。

--- うちの孫も、水が大好きですよ。

二人の男は眼を細めて、水と戯れている娘の姿に見入った。

--- しかし、あなた、真下にいて、音ぐらいは聞こえていたでしょうに。

不動産屋に言われ、私ははじめて、ゆうべの水の音を思い出した。
あの柔らかな、遠い音。
\Alphbou{この現実の}{この現実の身にもう一度、
{\furikanaaki=2pt\kana{蘇}{よみが}}える
音だったのか、==と私は不意を%■手動調整
襲われたような心地がして、肌寒くなった}。
\def\この現実の{この現実の身にもう一度、蘇える音だったのか、
と私は不意を襲われたような心地がして、肌寒くなった}

--- そういえば、聞こえていたんですけど……起きてみたら、空が晴れ上がって
いたものですから……そのまま、なんとなく……。

--- なんだ、その時にちゃんと調べていてくれれば、修理もすぐしてもらえた
のに。

三階の男が言った。私はしどろもどろに頭を下げて、あやまった。

翌朝早く、給水塔は修理させるから、ということで、二人の男は引き払って
行った。

その夜、私も裸足になって、娘とたっぷり屋上の
\raisebox{6pt}{″}\hskip-6pt 海″\hskip-6pt%■ 手動調整
%
% 二番目の「″」は上下を逆にするとなお良いかもしれない。
%
を楽しんだ。
何も危険はないはずなのに、水の拡がりに身を置くことには不安が
つきまとい、その不安が心を弾ませた。水を掛け合ったり、鬼ごっこ
をしているうちに、私も娘をびしょ\kana{濡}{ぬ}れになってしまった。
濡れると、さすがに、寒さを感じた。日中、いくら暖かくなったとは
言え、まだ五月のはじめだった。

部屋に戻ると、それまでずっと鳴り続けていたのだろうか、電話が
ちょうど鳴り終わったところだった。
藤野の顔が思い浮かんだ。その顔に重なり、藤野と暮らせるようになった
時の自分の喜び、そして、大喜びで婚姻の届けを区役所に出しに行った
自分、藤野との子どもをためらいなく産んだ自分に、私はこれからも
ずっと責任を取らなければならないのでしょうか、
と\kana{小林}{(注1)}に問いかける自分の声が聞こえた。
小林は\kana{頷}{うなず}いているように思えた。
\alphbou{同時に、数}{同時に、数えきれないほ
どの人影がまわりに現れ、さかんに頷きはじめた}。

娘の父親であり、私の夫である男だが、私はすでに一ヵ月以上、その男
を知らない、知らせようもない、とりたてて大きな事件は起こらなかったが、
その平穏なことに、かえって、これからの日々への\kana{恐}{おそ}れを
膨らませずにいられないような生活を続けてきてしまっている。
安定を保てるはずがないのに、一向に倒れず、それどころか、そのまま
根を張り、新しい芽さえ\kana{覗}{のぞ}かせようと
する、\kana{歪}{ゆが}んだ、こわれやすい、透明なひとつのかたまりを
眼の前にしているような心地だった。それが見えるのは、私の二つの
眼だけなのだ。藤野と再び、夫婦として、なにげなく顔を合わせるには、
\Alphbou{私はあまり}{私はあまりにも、この新しく自分に手渡された
不安定なかたまりに愛着を持ちはじめていた}。
夫として私に立ち向かう藤野の口調は、私に、最早、
\kana{異和}{(注2)}感しか与えなかった。その遠い、
意味もよく分からなくなってしまった声に、それでも私は、藤野の
方から切り捨ててくれない限り、耳を傾け続けなければならないのだろうか。

別居を決めたのは藤野の方だったのに、それでも私は藤野を忘れてはいけない
のですか。私はもう一度、まわりの人影を眺めた。
\alphbou{それぞれ私}{それぞれ私が知っている人に似ているような人影は、
一様に深々と頷いた}。

その夜も、水の音は私の耳もとに響いていた。私は柔らかく湿った感触に
包まれて眠った。

翌朝、\kana{呆気}{あっけ}なく、給水塔の修理は終わってしまった。
屋上はみるみるうちに、透明な水を失っていった。
\Alphbou{娘が私の代}{娘が私の代わりに、
修理工を{\furikanaaki=2pt\kana{詰}{なじ}}ってく==れた}。%■手動調整
\def\娘が私の代{娘が私の代わりに、修理工を詰ってくれた}

--- おみずを、とめちゃだめ。けちんぼ!だいきらい!

二日後の日曜日には、一日がかりで、屋上が補修された。夕方、作業が
終わったというので、屋上を覗きに行った。完全に乾くまで、立ち入らない
ように、と注意されていたので、その注意を娘に何度も言い聞かせながら、
屋上への階段を登った。

ドアを開けて、先に屋上を見た娘が、
\raisebox{6pt}{″}\hskip-6pt 海″\hskip-6pt%■ 手動調整
を見つけたときよりも更に高い
金切り声を上げて、騒ぎはじめた。

なにごとよ、と\kana{呟}{つぶや}きながら、私も屋上を覗いた。
そして、\Aiubou{自分の眼を}{自分の眼を疑った}。鮮やかな銀色に
一面、照り輝いていた。\kana{眩}{まば}ゆさに、眼の奥が痛んだ。
罅のいった部分を埋める程度の補修かと思っていたのに、防水用の
ペンキを屋上の隅から隅までたっぷり塗っていったのだった。
春ですらこの眩ゆさでは、夏になれば、覗き見ることもできなくなって
しまうのに違いない。この街なかで、眼を焼いてしまう、雪原を
歩く人のように、海を漂う人のように。

銀色の海。

私は笑いださずにはいられなかった。これもまた、素晴らしい眺めでは
ないか。しかも、今度は\kana{誰}{だれ}にもこの海を持ち去ることは
できない。

きれいだね、おほしさまみたいだね、と娘は銀色の屋上に見とれていた。

藤野から電話が掛かってきたのは、その次の日の夜だった。私には、
ますます藤野の気持ちをこじらせるような対応しかできなかった。
藤野の声を聞くたびにどうして足か震えるのか、分からなかった。

同じ夜、私は自分が銀色の星の形をした器の
なかに\kana{坐}{すわ}っている夢を見た。器は少しずつ回転を速め、
気がつくと遠心力で、私の体は平たくなり、
壁に\kana{貼}{は}り付いていた。許して下さい、と叫ぶと、中学生
の\kana{頃}{ころ}の同級生が私の星を見上げて言った。\\
〈あなたは、どうして、そう、だめなの〉

同級生と言っても、親しく口をきいたこともない、ずば抜けた成績の
持ち主だった。いつも級長に選ばれていたのはともかく、容姿も
整っていたので、男友だちも多かった。それにしても、あの人を
今頃、夢に見るとはそのこと自体、\kana{馬鹿}{ばか}げている、
と思いながら、そんなことを言われたって、だめなものはだめなんだ
もの、と涙を流しながら弁解をしていた。それに、これでも
見捨てずにいてくれる人だっているわ。本当よ。きっと、いるわ。

\alphbou{悲しげに首}{悲しげに首を横に振り、立ち去って行った
同級生は、昔のままの美しい少女だった}。

\bigskip

\begin{tabular}{ll}
(注) & \rensuji{1} 小林 --- 「私」の勤務先の上司。結婚のいきさつ
を知っている。\\
& \rensuji{2} 異和感 --- 違和感のこと。作者の表記に従っている。
\end{tabular}

\bigskip

\begin{description}
% ====================== 問一 ==========================
\itemtoi{1}傍線部\toiref[3]{声を洩らし}~\toiref[3]{自分の眼を}
の表現の本文中における意味内容として最も適当なものを、
\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet5}のうちからそれぞれ
一つ選べ。解答番号は\sikaku{12}~\sikaku{14}。

\bigskip

% 横向きの{ を出すための,酷いいかさま。m(__)m
%
\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(ア)} & 声を洩らした\\
& \sikaku{12} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} ひとりごとを言った \\
\rensuji{\marksheet 2} こっそりとつぶやいた \\
\rensuji{\marksheet 3} 悲鳴を上げた\\
\rensuji{\marksheet 4} 感情的に言った\\
\rensuji{\marksheet 5} 小さく叫んだ \\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(イ)} & 気を呑まれて\\
& \sikaku{13} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 圧倒されて\\
\rensuji{\marksheet 2} 驚きあきれて\\
\rensuji{\marksheet 3} 無我夢中で\\
\rensuji{\marksheet 4} 引き込まれて\\
\rensuji{\marksheet 5} 不審に思って\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}
\begin{tabular}{lll}
\end{tabular}

\bigskip

\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(ウ)} & 自分の眼を疑った\\
& \sikaku{14} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 不思議に思った\\
\rensuji{\marksheet 2} 信じられなかった\\
\rensuji{\marksheet 3} 不安を感じた\\
\rensuji{\marksheet 4} 見とれた\\
\rensuji{\marksheet 5} 意外に思った\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

% ====================== 問二 ==========================
\itemtoi{2}傍線部\toirefsp[0]{この現実の}とあるが、
なぜ「私」は「肌寒くなった」のか。その理由として\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{15}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 水の音がするのに放置していたことで、場合によると
大きな事故になりかねないと不安になったから。
\item 水漏れに対する判断を間違ったことから、自分の責任が
問われるのではないかと気がかりになったから。
\item 現実と非現実を混同してしまうような自分は、精神的に
不安定ではないかと心配になったから。
\item 夢うつつで安らぎを感じていたものが、実際には危機を
もたらす可能性があったのだと恐ろしくなったから。
\item 世の中ではいつ何がおこるかわからないという体験をして、
人間の生活の不気味さを知ったから。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問三 ==========================
\itemtoi{3}傍線部\toirefsp[0]{私はあまり}とあるが、
なぜ、「手渡された」・「かたまり」
という表現が用いられているのか。その理由として\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{16}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 自分から望んだ状況ではないものの、「私」が娘を育てる責任を
受け止めようと決意していることを表すため。
\item 別居という事態が自分の意志とは関係なく機械的に進行したことに、
「私」がこだわっていることを表すため。
\item 娘との二人暮らしという意にそわない生活を余儀なくされて、「私」が
とまどっていることを表すため。
\item 夫との別居によってもたらされた状況が、「私」に重くのしかかって
くることを表すため。
\item 先が見えない二人だけの生活を強いられたが、「私」がそこに
充実感も覚えていることを表すため。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問四 ==========================
\itemtoi{4}傍線部\toirefsp[0]{娘が私の代}とあるが、
この表現からうかがわれる「私」
の心情はどのようなものか。その説明として\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{17}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 二人だけの生活に慣れはじめて、娘が自分の気持ちを察してくれるよう
になった。水が与えてくれる安息を大切にしたいという自分の思いを代弁して
くれたことに対して、うれしく思っている。
\item 大人である自分は子供のために「海」を残したいと思っているが、
口に出して言えない。しかし、無邪気な子供は好きなことが言えるものだなと
痛快に思っている。
\item 娘との生活は不安の中に心を弾ませるものがあった。屋上での水遊び
はその象徴のようであり、娘がそれを直感的に受け止め自分の気持ちをうまく
言ってくれたと思っている。
\item 娘との二人きりの生活を守っていきたいのだが、周りからの干渉を
防ぎきれずにいる。水漏れの件もその一例なのだが、娘がそれに一人で
立ち向かってくれたので、いじらしく思っている。
\item 遠慮を知らない娘の乱暴な言葉づかいに困惑した。しかし、その乱暴さ
がかえって、自分の水への愛着の率直な表明になっていることに気づき、
うれしく思っている。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問五 ==========================
\itemtoi{5}波線部\toiref[1]{同時に、数}~
\toiref[1]{悲しげに首}における「私」の
想像や夢の中に現れる「人影」や「同級生」の様子を、
「私」はどのように受け止めていると考えられるか。\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{18}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 周囲の人々は私の苦境を理解してくれていて、それが心のささえに
なっている。同級生の言動は、他人に頼りがちな私のあり方が肯定できる
ものではないことを客観的な態度で教えてくれている。
\item 周囲の人々は藤野への慎重な対応を促すが、率直には従いがたい。
同級生の言動には、当面の問題から逃避しがちで事態を打開できない
私の態度に落胆し、昔と変わらないと非難する気持ちが現れている。
\item 周囲の人々は愛情に責任を持てといい、また藤野の気持ちも
考えろという。私はそれに従うべきかどうかと悩んでいるが、同級生の
言動は、不安定なままで決断できない私を愚かだと決めつけている。
\item 周囲の人々は結婚生活に傷ついた私に今後のことを心配して
忠告してくれる。同級生は親しくなかったが、他人に
甘えるような私の態度では事態は解決しないと親身に
なって\kana{叱}{しか}ってくれている。
\item 周囲の人々は藤野のいうことを聞くようにと迫ってくるが、
私はどうしても恐ろしさが先に立ってうまく対応ができない。
同級生はそんな私の意志の弱さをひややかに批判している。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問六 ==========================
\itemtoi{6}この文章における「水」についての説明として
{\bf 適当でないもの}を、次の\rensuji{\marksheet 1}~
\rensuji{\marksheet 7}の
うちから二つ選べ。ただし、解答の順序は問わない。
解答番号は\sikaku{19}・\sikaku{20}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 水は「私」を危険に陥れることがあると同時に、
無邪気にさせたり心を弾ませたりする二面性を持っている。
\item 水は「私」に現実的な不安と心の安らぎを与えており、
それは「私」の心の振幅の大きさを示している。
\item 水はひとときのあいだだけ「海」を出現させることに
よって、「私」に現実のはかなさを思い起こさせる。
\item 水が豊かに拡がる様は、日々の生活で気が晴れない
思いをすることもある「私」の心を明るく解放する。
\item 水の透明性は心を洗うような働きをするとともに、
「私」の不安な現状を暗示している。
\item 水の印象が「私」の心に鮮やかに残り、ペンキが塗られた
屋上まで「海」と感じさせるようになっている。
\item 罅にしみこむ水の存在は、藤野夫妻のあいだに心の亀裂が
生じていたことを\kana{比喩}{ひゆ}的に表現している。
\end{enumerate}
\end{description}

\bigskip

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 三 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

\setcounter{Aiutoi}{0}   % カウンターのリセット
\setcounter{sujitoi}{0}
\setcounter{eijitoi}{0}
\setcounter{Eijitoi}{0}

\noindent
\hskip-1.8zw{\LARGE\bf 第\rensuji{\bf\sf 3}問} 次の文章は、
鎌倉時代後期の歌人二条\kana{為}{ため}\kana{世}{よ}
の歌論書
『和歌\kana{庭訓}{ていきん}』の一節である。歌道家の一つ
\kana{御}{み}\kana{子}{こ}
\kana{左}{ひだり}家は、藤原俊成・定家・為家と
続いたが、為家の子の代になって相続争いが起こり、直系の
二条家と、傍系の京極家・\kana{冷泉}{れいぜい}家とに分裂
していた。これを読んで、\後問配点{7}{50}

\bigskip

〈心は新しきをもとむべき事〉

このことは古人の教ふるところ、さらに師の仰せにたがはず。
ただし、新しき心いかにも\kana{出}{い}で来がたし。
世々の\kana{撰集}{せんじふ}、世々の歌仙、詠み残せる風情あるべからず。
されども、人の\kana{面}{おもて}のごとくに、目は二つ横さまに、鼻は
一つ縦さまなり。昔より変はることなけれども、しかもまた同じ顔に
あらず。されば、歌もかくのごとし。花を白雲にまがへ、木の葉を
時雨にあやまつことは、もとより顔のごとく変はらねども、さすが
おのれおのれとある所あれば、\Aiubou{作者の得分}{作者の得分}と
なるなり。

新しきをもとむとて、さま\kana{悪}{あ}しく卑しげなることどもを
もとめ詠むこと、あるべからず。\kana{近頃}{ちかごろ}、
\kana{誰}{たれ}とは覚え\kana{侍}{はべ}らず、
\kana{百首}{(注1)}歌を人に見せられ侍りしに、
\kana{\kana{擣衣}{たうい}}{(注2)}の
歌に、

うつ音のしばしとだえて聞こえぬは今や衣を巻きかへすほど

といふ歌の侍りしを、ある人の仰せられ侍りしは「擣衣の歌は、
うぐひすの声、琴の音にもまさりて、やさしく聞き所など侍るに、
\Aiubou{いりたちて}{いりたちて案内者げに}侍るこそ見苦しく侍れ」。
大方は、古人もかかることは知らぬにて侍らじかし。しかれども、
見苦しきことなどは捨てて詠み侍らぬを、めづらしきことの残りたる
とて、もとめ出だし詠まれ侍るは、口伝無きが致すところにこそ侍ため。
このほかの歌どももよろしからぬのみぞ侍りし。
{\namisensep=1.4zw\alphbou{心あらん人}{心あらん人はたづね見て
心得られ\unilab べきか。}}

また、\kana{続千}{(注3)}載集のとき召され侍りし
御百首の中に、「草刈り入るる野田の
苗代」とやらん詠まれ侍りし歌を、ある人の仰せられしは、「これも
\kana{無下}{むげ}に俗に近く侍るものかな」とぞ侍りし。げにも田舎にて
「いかなることぞ」と尋ね侍りしかば、「田作るとて\kana{肥}{こえ}とか
やもち入るる」とぞ申し侍りし。もしさもあらばきたなくや侍らん。
いかにも家の庭訓をも受け、師の口伝をも聞きたらん人は、いかにも
かかることはよも侍らじ。
\Alphbou{作者誰とも}{作者誰とも知り侍らねば、
もしすぢなきこともや侍らん}。

大方は世の中皆ばけばけしくなりて、かざりたる偽りにふけりて、まことに
迷ふことのみ侍るこそ、いまさらなることのみには侍らねども、心憂く侍れ。
あるいは、遠国などにて我が身をたてんとて、
重代の\kana{家督}{(注4)}をそしり、
あるいは、\hskip3pt%■手動調整
{\namisensep=1.4zw\alphbou{家の秘説は}{「家の秘説は
我こそ習ひ伝えて\unilab 」}}と申す人も侍り。
あるいは、門弟などに信ぜられんとて\Aiubou{よんどころ}{よんどころ
なきこと}を申し出だし、あるいは、
「\Alphbou{宗匠などは}{{\furikanaaki=3pt\kana{宗匠}{(注5)}}などは
弱くかひなき歌詠みにて、少しも風==情こもり力ある歌は、%■手動調整
人の歌をも見知らず、我が身も詠まれず}」
\def\宗匠などは{宗匠などは弱くかひなき歌詠みにて、少しも風情こもり
力ある歌は、人の歌をも見知らず、我が身も詠まれず}
と申し置きて、信仰する人、数を知らず。

これまめやかに深く惑へるなるべし。そのゆゑは、代々伝はりたる家領等
ことごとく譲り与へ、たびたび\kana{朝家}{てうか}に採用せられて勅撰を
承る家督には秘して教へぬことを、庶子に授けんことしかるべしや。
家領は偽るところのなきままに、我こそ相伝と称する人も見え侍らず。
道は上に見えぬあひだ、無窮の偽りに及ぶ。
しかれども、\hskip3pt%■手動調整
{\namisensep=1.4zw\alphbou{明察の御代}{明察の御代に
皆あらはれ\unilab ぬるにこそ。}}\hskip3pt%■手動調整
また、歌の弱きとはいかに心得べきにか。心深く詞よろしく姿美しく
侍るを、強き歌よろしき歌とは申すべし。万葉集の耳遠きことば、凡俗の
心を詠めるこそ、弱き歌とは思ひ侍れ、ただし、卑劣の風情は古人
詠じもらしたればもとめよく、\Alphbou{幽玄の姿は}{幽玄の姿は
及ばぬままに詠まれ侍らねば、化け物を信仰せるにこそ}。

\bigskip

\noindent
\begin{tabular*}{0.5\textwidth}[t]{@{\extracolsep{\fill}}llp{22zw}}
(注)& \rensuji{1}\hspace*{1zw} & \hspace*{-1zw}百首歌 --- 題を設定して
一人で百首詠む歌。四季・恋・雑にわたる題を用いることが多い。
この歌の作者は為守。\\
& \rensuji{2}\hspace*{1zw} & \hspace*{-1zw}擣衣 --- 衣服の布地を柔らかく
したりつやを出したりするために板の上で叩くこと。\\
& \rensuji{3}\hspace*{1zw} & \hspace*{-1zw}続千載集のとき召され侍りし
御百首 --- 第十五代の勅撰和歌集『続千載和歌集』(\kanji1319 年成立、
撰者は為世)の\kana{編纂}{へんさん}資料とするため詠まれた百首歌。
この歌の作者は為相。\\
\end{tabular*}
\hskip3zw
\begin{tabular}[t]{ll}
\rensuji{4} & 家督 --- 家の当主。為世のこと。\\
\rensuji{5} & 宗匠 --- 歌道の指導者。為世のこと。
\end{tabular}

\vspace*{-9zw}
\hspace*{33zw}
\unitlength=1mm
\begin{picture}(75,30)
\put(10,28){\makebox(0,0){〔御子左家系図〕}}
\put(3,22){\makebox(0,0){俊成}}
\put(10,22){\makebox(0,0){\line(1,0){6}}}
\put(17,22){\makebox(0,0){定家}}
\put(24,22){\makebox(0,0){\line(1,0){6}}}
\put(31,22){\makebox(0,0){為家}}
\put(38,22){\makebox(0,0){\line(1,0){6}}}
\put(45,22){\makebox(0,0){為氏}}
\put(52,22){\makebox(0,0){\line(1,0){6}}}
\put(68,22){\makebox(0,0){為世(二条家)}}
%
\put(39.5,16){\makebox(0,0){\line(1,0){3}}}
\put(45,16){\makebox(0,0){為教}}
\put(52,16){\makebox(0,0){\line(1,0){6}}}
\put(68,16){\makebox(0,0){為兼(京極家)}}
%
\put(39.5,10){\makebox(0,0){\line(1,0){3}}}
\put(45,10){\makebox(0,0){為相}}
%
\put(58,7){\makebox(0,0){(冷泉家)}}
%
\put(39.5,4){\makebox(0,0){\line(1,0){3}}}
\put(45,4){\makebox(0,0){為守}}
%
\put(38,4){\line(0,1){18}}
\end{picture}
\vspace*{10mm}% ■ 酷いいかさま
\hspace*{-33mm}
\begin{picture}(10,5)
\put(7,-5.5){\makebox(0,0){\upbracefill}}
\end{picture}

\bigskip

\begin{description}
% ====================== 問一 ==========================
\itemtoi{1}傍線部\toiref[3]{作者の得分}~\toiref[3]{よんどころ}
の解釈として最も適当なものを、次の各群の\rensuji{\marksheet1}~
\rensuji{\marksheet5}のうちから、それぞれ一つずつ選べ。
解答番号は\sikaku{21}~\sikaku{23}。

\bigskip

\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(ア)} & 作者の得分\\
& \sikaku{21} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 作者に入る謝礼\\
\rensuji{\marksheet 2} 作者のかちえた名声\\
\rensuji{\marksheet 3} 作者が獲得した権利\\
\rensuji{\marksheet 4} 作者の表現の独自性\\
\rensuji{\marksheet 5} 作者が見いだした素材\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(イ)} & いりたちて案内者げに\\
& \sikaku{22} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 擣衣の音が聞こえる場所を教える人のようで\\
\rensuji{\marksheet 2} 擣衣をしている現場に読者を導く人のようで\\
\rensuji{\marksheet 3} 歌を作る場に身を置いて解説する人のようで\\
\rensuji{\marksheet 4} 歌の作り方には詳しいと自慢する人のようで\\
\rensuji{\marksheet 5} 擣衣のやり方を細かく知っている人のようで\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

\begin{tabular}{lr}
& \\
& \\
\rensuji{(ウ)} & よんどころなきこと\\
& \sikaku{23} \\
& \\
\end{tabular}
\begin{minipage}{9zw}
$\overbrace{
\begin{tabular}{l}
\rensuji{\marksheet 1} 根拠のないこと\\
\rensuji{\marksheet 2} やむを得ないこと\\
\rensuji{\marksheet 3} 頼みがいがないこと\\
\rensuji{\marksheet 4} 苦しまぎれのこと\\
\rensuji{\marksheet 5} 思いも寄らないこと\\
\end{tabular}
}$
\end{minipage}

\bigskip

% ====================== 問二 ==========================
\itemtoi{2}波線部\toiref[1]{心あらん人}~\toiref[1]{明察の御代}
の空白部分にはすべて補助動詞「侍り」が入る。
正しい活用形を次の\rensuji{\marksheet 1}~
\rensuji{\marksheet 6}のうちから、それぞれ一つずつ選べ。
解答番号は\sikaku{24}~\sikaku{26}。

\bigskip

\toiref[1]{心あらん人}\hskip1zw 心あらん人はたづね見て
心得られ\sikaku{24}べきか。

\bigskip

\toiref[1]{家の秘説は}\hskip0.5zw 「家の秘説は我こそ習ひ
伝へて\sikaku{25}」

\bigskip

\toiref[1]{明察の御代}\hskip1zw 明察の御代に皆
あらはれ\sikaku{26}ぬるにこそ。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 未然形「侍ら」
\item 連用形「侍り」
\item 終止形「侍り」
\item 連体形「侍る」
\item 已然形「侍れ」
\item 命令形「侍れ」
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問三 ==========================
\itemtoi{3}傍線部\toirefsp[0]{作者誰とも}の
解釈として\最も適当{5}解答番号は\sikaku{27}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 歌の作者は名もない人なので、おそらく姿の整っていない
歌を詠んだりするのでしょう。
\item 歌の作者とは面識がありませんので、仮に行き違いが
あったとしても仕方がないでしょう。
\item 歌の作者がだれだかわからないととぼけたせいで、
もしかしていさかいが生じたのかもしれません。
\item 歌の作者のことを知らずに言ったことなので、
もしや気を悪くさせたのではないかと恐れます。
\item 歌の作者がだれなのか知りませんので、
ひょっとすると見当外れな意見かもしれません。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問四 ==========================
%
% ■ 引数の中に \kana 命令があるので,手動処理をする
%
\itemtoi{4}傍線部\toiref[0]{宗匠などは}「\宗匠などは{}」の
内容の説明として\最も適当{5}解答番号は\sikaku{28}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 宗匠になっても力が不足していると、的確に
他人の歌を評価したり自分で詠んだりできない。
\item 宗匠は気弱な性格のため、人の歌についても
自分の歌についても的確に評価することができない。
\item 宗匠などについて歌を習っても力強い歌は作れないので、
他人の歌をよく詠み、自分で作ってみるのが大事だ。
\item 宗匠は、すぐれた歌を見分ける能力もなく、
自分で作る能力もない、まことに頼りない歌人である。
\item 宗匠を含めた今の時代の歌人のなかには、
力強くかつ風情のある歌を詠む才のある歌人はいない。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問五 ==========================
\itemtoi{5}傍線部\toirefsp[0]{幽玄の姿は}の、
本文全体の内容と関連させた
解釈として、{\bf 適切でないもの}を、次の\rensuji{\marksheet 1}~
\rensuji{\marksheet 6}のうちから二つ選べ。ただし、
解答の順序は問わない。解答番号は\sikaku{29}・\sikaku{30}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 幽玄の姿は和歌の理想であって、そう簡単には実現できない。
それを正確に理解することも難しいので、化け物を理想として信仰するような
あやまりに陥らないようにしなければならない。
\item 幽玄の姿がなかなか実現されず、世の中の風潮が表面的な華やかさを
尊ぶ傾向にあるので、今こそ正しい歌詠みの伝統に立脚した和歌の世界を
実現すべきである。
\item 幽玄の姿は和歌の理想であるが、多くの場合、それに到達できない
歌が詠まれている。その結果、偽りの教えを規範にするようなあやまり
を生じている。
\item 幽玄の姿は和歌の理想とされてはいるが、その本質は卑俗な
題材を好んで取り上げるようなあやまりを含んでおり、
それはあたかも化け物への信仰に似ている。
\item 幽玄の姿は極めて微妙なものであり、かえってそれに到達しない
ままに詠まれるのがよく、無理にそれを実現しようとすれば、
化け物を信仰するのと同様のあやまりに陥ることになる。
\item 幽玄の姿を理想とする和歌の相伝は、土地の相続などとは違い、
目に見えないものであるので、偽りの理想を追うと化け物への
信仰に似たあやまりに陥る危険がある。
\end{enumerate}

\bigskip


% ====================== 問六 ==========================
\itemtoi{6}筆者の主張する和歌の読み方についての
説明として\最も適当{5}解答番号は\sikaku{31}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 人間の顔が、目や鼻の数は同じでもその形や配置は一人一人微妙に
異なっているように、和歌も微妙な差異を強調して詠むべきである。
\item 花を白雲に、木の葉を時雨にたとえて表現するのは、尊重すべき
伝統的な読み方であるが、卑俗な題材に陥らないようにしつつ、
新しい\kana{比喩}{ひゆ}表現を考えるべきである。
\item 「擣衣」という題で詠む場合、衣を打つ音は優美なので題材として
ふさわしいが、具体的な動作を読み込むのは卑俗になるので避けるべきである。
\item 農村風景を詠む場合、農業に従事している人に実状を確かめた上で、
卑俗なことがらを排除し、それ以外の題材で詠むべきである。
\item 伝統的な表現方法や題材を守るとはいっても『万葉集』に
収められている和歌を手本にすることは、和歌を俗っぽいものに
してしまうのでやめるべきである。
\end{enumerate}

\bigskip


% ====================== 問七 ==========================
\itemtoi{7}平安・鎌倉時代の歌人についての説明として正しいものを、
次の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet5}のうちから一つ選べ。
解答番号は\sikaku{32}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 藤原俊成は「ますらをぶり」の和歌を尊重し、
歌論書『近代秀歌』を著した。
\item 藤原定家は第八代の勅撰和歌集『新古今和歌集』
の撰者であり、その歌論に『毎月抄』がある。
\item 後鳥羽上皇は『新古今和歌集』の\kana{編纂}{へんさん}を
命じ、自らも歌謡集『梁塵秘抄』を編んだ。
\item 西行は『新古今和歌集』に最も多くの歌が載る歌人であり、
家集に『発心集』がある。
\item 鴨長明は無常観を基調とした随筆『方丈記』ならびに
歌論書『無名草子』を著した。
\end{enumerate}

\end{description}


\bigskip

%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%% 四 %%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%%

\setcounter{Aiutoi}{0}   % カウンターのリセット
\setcounter{sujitoi}{0}
\setcounter{eijitoi}{0}
\setcounter{Eijitoi}{0}

\noindent
\hskip-1.8zw{\LARGE\bf 第\rensuji{\bf\sf 4}問} 次の文章
を読んで、後の問い({\bf 問\rensuji{\mrksht1}~
\rensuji{\mrksht6}})に
答えよ。(設問の都合で返り点・送り仮名を省いたところがある。)
(配点 \rensuji{50})


\bigskip

\begin{kanshi}
%「漢詩」環境の中で文字送りを広げる
%\kanjiskip=1.2zw

\Large
\bousensep=0.75zw
唐臨\kundoku{為}{}{リ}{二}\kundoku{大}{(注1)}{}{}理
\kundoku{\きやう}{}{ト}{一}(、)
\kundoku{初}{}{メテ}{}\kundoku{莅}{ のぞ}{ミ}{レ}
\kundoku{職}{}{ニ}{}(、)\kundoku{断}{}{ズ}{二}一死
\kundoku{囚}{}{ヲ}{一}(。)
先時\kundoku{坐}{ ざ}{スル}{レ}\kundoku{死}{}{ニ}{}者
十余\kundoku{人}{}{}{}(、)皆他
\kundoku{官}{}{ノ}{}\kundoku{所}{}{ナリ}{レ}\kundoku{断}{}{ズル}{}(。)
\kundoku{会}{たまたま}{}{}\kundoku{太}{(注2)}{}{}宗
\kundoku{幸}{みゆき}{シ}{レ}
\kundoku{寺}{}{ニ}{}(、)\kundoku{親}{みづか}{ラ}{}
{\furikanaaki=5pt\kana{\kundoku{録}{}{ス}{二}}{(注\hskip0pt3)}}囚
\kundoku{徒}{}{ヲ}{一}(。)
他\kundoku{官}{}{ノ}{}\kundoku{所}{}{ノ}{レ}
\kundoku{断}{}{ズル}{}死\kundoku{囚}{}{ハ}{}(、)
\kundoku{称}{}{シテ}{レ}
{\furikanaaki=5pt\kana{\kundoku{冤}{ゑん}{ト}{}}{(注\hskip0pt4)}}
\kundoku{不}{}{}{レ}\kundoku{已}{ や}{マ}{}(。)
\kundoku{臨}{}{ノ}{}\kundoku{所}{}{ノ}{レ}\kundoku{断}{}{ズル}{}
\kundoku{者}{}{ハ}{}(、)\kundoku{黙}{}{シテ}{}而
\kundoku{無}{}{シ}{レ}\kundoku{言}{}{フコト}{}(。)
太宗\kundoku{怪}{}{シミ}{レ}\kundoku{之}{}{ヲ}{}(、)
\kundoku{問}{}{フ}{二}\kundoku{其}{}{ノ}{}\kundoku{故}{}{ヲ}{一}(。)
囚\kundoku{対}{こた}{ヘテ}{}\kundoku{曰}{}{ハク}{}(、)「唐
\kundoku{\きやう}{}{ノ}{}
\kundoku{断}{}{ズルヤ}{レ}\hskip0.7zw%■手動調整
%
% ここのレ点はずいぶんと下の方に出てしまう。これを「二(2)」点に
% かえると正しい位置に出ます。理由が分かりません?
%
% レ点の場合        二点の場合
% 
%    断          断
%     ズ        二 ズ
%     ル          ル
%   レ ヤ          ヤ
%
\kundoku{臣}{}{ヲ}{}(、)\kundoku{必}{}{ズ}{}
\kundoku{無}{}{カラン}{二}\hskip0.7zw%■手動調整
{\furikanaaki=5pt\kana{\kundoku{枉}{わう}{ト}{}}{(注\hskip0pt5)}}
\kundoku{濫}{ らん}{}{一}(。)
\Alphbou{所以}{\kundoku{所}{ゆゑん}{}{二}
\hskip.3\kanjiskip\makebox[.4zw][c]{--}\hskip.2\kanjiskip
\kundoku{以}{}{ナリト}{}\kundoku{絶}{}{ツ}{\ichireten}
\kundoku{意}{}{ヲ}{}(。)}」
太宗歎
\kundoku{息}{}{スルコト}{}\hskip1zw%■手動調整
\kundoku{久}{}{シクシテ}{レ}\hskip1zw%■手動調整
\kundoku{之}{}{ヲ}{}
\kundoku{曰}{}{ハク}{}(、)
「\Alphbou{為獄}{為獄固当若\kundoku{是}{}{}{}(。)}」
%
% \def\為獄{為獄固当若是} % ■ kannsi環境の中では\defは効かないようである。
%
囚\kundoku{遂}{つひ}{ニ}{}
\kundoku{見}{ る}{}{レ}\kundoku{原}{ゆる}{サ}{}(。)
即\kundoku{日}{}{}{}(、)
\kundoku{拝}{}{セラル}{二}\hskip0.7zw%■手動調整
\kana{御}{(注\hskip0pt6)}史大
\kundoku{夫}{}{ニ}{一}(。)
太宗\kundoku{親}{}{ラ}{}\kundoku{為}{つく}{リテ}{二}
\kundoku{之}{}{ガ}{}
\kana{考}{(注\hskip0pt7)}
\kundoku{詞}{}{ヲ}{一}\kundoku{曰}{}{ハク}{}(、)
「\kundoku{形}{}{ハ}{}\kundoku{若}{}{ク}{二}死
\kundoku{灰}{}{ノ}{一}(、)
\Alphbou{心如}{\kundoku{心}{}{ハ}{}\kundoku{如}{}{シト}{二}
鉄\kundoku{石}{}{ノ}{一}(。)」}
\kundoku{初}{}{メ}{}(、)臨\kundoku{為}{}{リ}{二}
\kana{殿}{(注\hskip0pt8)}中侍御
\kundoku{史}{}{ト}{一}(、)
\kundoku{正}{}{ス}{レ}
{\furikanaaki=5pt\kana{\kundoku{班}{}{ヲ}{}(。)}{(注\hskip0pt9)}}
\kana{大}{(注\rensuji{10})}夫
\kundoku{韋}{ ゐ}{}{}\kundoku{挺}{てい}{}{}
\kundoku{責}{}{ムルニ}{}\kundoku{以}{}{テス}{二}
\kana{朝}{(注\rensuji{11})}
\kundoku{列}{}{ノ}{}
\kundoku{不}{}{ルヲ}{\ichireten}\kundoku{粛}{}{ナラ}{}(。)
臨\kundoku{曰}{}{ハク}{}(、)
「\kundoku{此}{}{レ}{}\kundoku{将}{ そ}{レ}{}
\kundoku{為}{ た}{リ}{二}小
\kundoku{事}{}{}{一}(、)
\kundoku{不}{}{}{二}\kundoku{以}{}{テ}{}
\kundoku{介}{}{セ}{\ichireten}\kundoku{意}{}{ニ}{}(。)
\kundoku{請}{}{フ}{}
\kundoku{俟}{ ま}{タント}{二}後\kundoku{命}{}{ヲ}{一}(。)」
翌\kundoku{日}{}{}{}(、)挺
\kundoku{離}{}{レ}{レ}\kundoku{班}{}{ヲ}{}\kundoku{与}{}{}{二}
\kana{江}{(注\rensuji{12})}夏王
\kundoku{道}{ だう}{}{}\kundoku{宗}{ そう}{}{一}\kundoku{語}{}{ル}{}(。)
\Alphbou{趨進}{
\kundoku{趨}{はし}{リ}{}\kundoku{進}{}{ミテ}{}\kundoku{曰}{}{ハク}{}(、)}
「王\kundoku{乱}{}{スル}{レ}\kundoku{班}{}{ヲ}{}(。)」
\Alphbou{将弾}{
\kundoku{将}{}{ニ}{レ}\kundoku{弾}{}{ゼント}{レ}\hskip0.7zw%■手動調整
\kundoku{之}{}{ヲ}{}(。)}
道宗\kundoku{曰}{}{ハク}{}、
「\kundoku{共}{と}{}{二}公\きやう
大\kundoku{夫}{}{}{一}
\kundoku{語}{}{ルト}{}(。)」
臨\kundoku{曰}{}{ハク}{}、「大\kundoku{夫}{}{モ}{}
\kundoku{亦}{ま}{タ}{}
\kundoku{乱}{}{セリト}{レ}\hskip0.7zw%■手動調整
\kundoku{班}{}{ヲ}{}(。)」\Alphbou{挺失}{挺
\kundoku{失}{}{ヒテ}{レ}\kundoku{色}{}{ヲ}{}而
\kundoku{退}{}{ク}{}(。)}
同列\kundoku{莫}{}{シ}{レ}
\kundoku{不}{}{ル}{二}
{\furikanaaki=5pt\kana{\kundoku{悚}{しよう}{}{}}{(注\rensuji{13})}}
\kundoku{動}{どう}{セ}{一}(。)
\end{kanshi}

\mbox{}\hfill{\large(\kana{劉粛}{りゅうしゅく}『大唐新語』による)}

\bigskip

\bigskip

\begin{tabular}{ll}
(注) & \rensuji{1} 大理\きやう
--- 大理寺(司法を担当する役所)の長官。\\
& \rensuji{2} 太宗 --- 唐の第二代の皇帝。\\
& \rensuji{3} 録 --- 裁判に間違いがないか、再点検すること。\\
& \rensuji{4} 冤 --- 無実の罪。\\
& \rensuji{5} 枉濫 --- 法をまげて罪におとしいれること。\\
& \rensuji{6} 御史大夫 --- 御史台(役人の不正取り締まり・
式典の進行などを担当する役所)の長官。\\
& \rensuji{7} 考詞 --- 役人の業績や人格を評した言葉。\\
& \rensuji{8} 殿中侍御史 --- 御史大夫に従属する官。\\
& \rensuji{9} 班 --- 儀式における席次。\\
& \rensuji{10} 大夫 --- 御史大夫を指す。\\
& \rensuji{11} 朝列不粛 --- 朝廷での儀式の列が整っていないこと。\\
& \rensuji{12} 江夏王道宗 --- 唐の王族のひとり。\\
& \rensuji{13} 悚動 --- 恐れて震えあがること。\\
\end{tabular}

\bigskip

\begin{description}

% ====================== 問一 ==========================
\itemtoi{1}傍線部\toiref[0]{所以}「
\kundoku{所}{}{}{二}
\hskip.3\kanjiskip\makebox[.4zw][c]{--}\hskip.2\kanjiskip
以\kundoku{絶}{}{ツ}{\ichireten}\kundoku{意}{}{}{}(。)」と
あるが、具体的にはどういうことか。\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{33}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item それが私が太宗に会うのを断念した理由です。
\item それが私が釈放の望みを持った理由です。
\item それが私が絶望して無実の罪に服した理由です。
\item それが私が唐臨の裁判を拒否する理由です。
\item それが私が判決をすなおに受け入れた理由です。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問二 ==========================
\itemtoi{2}傍線部\toiref[0]{為獄}「為獄固当若是」の
返り点の付け方とその読み方として\最も適当{6}
解答番号は\sikaku{34}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item \kundoku{為}{}{}{二}獄固\kundoku{当}{}{}{一}
\kundoku{若}{}{}{レ}是\hskip2zw
獄の\kana{固}{もと}より\kana{当}{あ}たるが\kana{為}{ため}に
\kana{是}{か}くの\kana{若}{ごと}しと
%
\item \kundoku{為}{}{}{二}獄固\kundoku{当}{}{}{\ichireten}
\kundoku{若}{}{}{レ}是\hskip2zw
獄の固より\kana{当}{まさ}に是くの若くなるべきが
\kana{為}{ため}なりと
%
\item \kundoku{為}{}{}{二}獄固\kundoku{当}{}{}{\ichireten}
\kundoku{若}{}{}{レ}是\hskip2zw
獄の固より是くの若く\kana{当}{あ}たるを
\kana{為}{をさ}むと
%
\item \kundoku{為}{}{}{レ}獄固\kundoku{当}{}{}{レ}
\kundoku{若}{}{}{レ}是\hskip2zw
獄を\kana{為}{をさ}むること固より\kana{当}{まさ}に是くの
若くなるべしと
%
\item \kundoku{為}{}{}{レ}獄固当
\kundoku{若}{}{}{レ}是\hskip2zw
獄を\kana{為}{をさ}めて固より\kana{当}{あ}たること
是くの若しと
%
\item \kundoku{為}{}{}{レ}獄固\kundoku{当}{}{}{レ}
\kundoku{若}{}{}{レ}是\hskip2zw
獄の\kana{為}{ため}に固より\kana{当}{まさ}に
是くの若くすべしと
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問三 ==========================
\itemtoi{3}傍線部\toiref[0]{心如}
「心\kundoku{如}{}{}{二}鉄\kundoku{石}{}{}{一}」は、
唐臨のどのような態度を表現したものか。\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{35}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 死刑の判決を受けた者でさえ納得するほど厳密に裁判を行う公正な態度。
\item 囚人が無実を訴えても、それに惑わされずに正しく裁判を行う冷静な態度。
\item 自分が一度くだした判決は皇帝の命令があっても変えようとしない厳格な態度。
\item 囚人に無実の可能性があれば、判決を再審査しようとする厳正な態度。
\item 無実の可能性があっても、他の役人がくだした判決には関与しない堅固な態度。
\end{enumerate}



\bigskip
% ====================== 問四 ==========================
\itemtoi{4}傍線部\toiref[0]{趨進}「趨進曰」・
\toiref[0]{将弾}「\kundoku{将}{}{}{レ}\kundoku{弾}{}{}{レ}之」
の主語として最も適当な組合せを、
次の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet6}のうちから一つ選べ。
解答番号は\sikaku{36}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item \rensuji{D} 唐臨 \hskip3zw \rensuji{E} 唐臨
\item \rensuji{D} 唐臨 \hskip3zw \rensuji{E} 道宗
\item \rensuji{D} 唐臨 \hskip3zw \rensuji{E} 韋挺
\item \rensuji{D} 韋挺 \hskip3zw \rensuji{E} 唐臨
\item \rensuji{D} 韋挺 \hskip3zw \rensuji{E} 道宗
\item \rensuji{D} 韋挺 \hskip3zw \rensuji{E} 韋挺
\end{enumerate}



\bigskip
% ====================== 問五 ==========================
\itemtoi{5}傍線部\toiref[0]{挺失}
「挺\kundoku{失}{}{}{レ}色而退」
とあるが、それはなぜか。\最も適当{5}
解答番号は\sikaku{37}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 王族である道宗に遠慮してその過失を指摘することができず、
御史大夫としての立場を失ったから。
\item 厳粛な儀式で席を離れて私語をするという過失を道宗に指摘され、
上司としての面目を失ったから。
\item 儀式の場における道宗と自分の過失を部下の唐臨に指摘され、
御史大夫としての立場を失ったから。
\item 儀式が厳粛でないことを、道宗だけでなく部下の唐臨にまで指摘され、
上司としての面目を失ったから。
\item 儀式の場で道宗から話しかけられてそれに応じたことを上司に指摘され、
御史大夫としての立場を失ったから。
\end{enumerate}

\bigskip

% ====================== 問六 ==========================
\itemtoi{6}本文の内容に合致するものを、
次の\rensuji{\marksheet1}~\rensuji{\marksheet5}のうちから一つ選べ。
解答番号は\sikaku{38}。

\bigskip

\begin{enumerate}
\item 唐臨は、大理\きやう
のとき裁判が公平無私だったので
太宗の考詞をたまわり、殿中侍御史に任命された。
\item 唐臨は、\kana{冤罪}{えんざい}だと訴える死刑囚を太宗が許そうと
したのに対して、自分のくだした判決は正しいと主張した。
\item 唐臨は殿中侍御史のとき上司に対しても自分の信念を強く主張したので、
彼の身を案じない者はなかった。
\item 唐臨は殿中侍御史になってからも自らの意志を貫いたため、
世間では彼のことを鉄石のごとき人物と称賛した。
\item 唐臨は殿中侍御史のとき韋挺の過ちを指摘し、大理\きやう
になってからも
公正な裁判を行い、御史大夫に昇進した。
\end{enumerate}

\end{description}

\end{document}
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